小さな会社のモノづくりにおいて、多数決は危うい決定方法だと思う。
小さな制作会社で新しいWebサービスなんかを作ろうとした時、まずはみんなの意見やアイデアをすべて取り入れて形にしよう、なんていう感じでまとめようとすることがあります。
アイデアを出して最後は多数決でまとめよう、なんていうことになることもあります。まとまらない事をまとめるのに、多数決って非常に便利です。
しかしモノづくりにおける多数決って、少人数の小さい制作会社でやるとあまりうまくいかない場合が多いです。
僕自身、少人数のスタートアップで新しいサービスの企画開発に携わって、多数決で決めるということが非常に危ういことだということを感じました。
平等、公平かもしれないけど何かが違う。
僕がモノづくりにおいて多数決に違和感を感じていた点を書いてみます。
少人数の会社でのことなので、それなりに組織やチームが形成されている会社には当てはまらないかと思います。
スポンサーリンク
みんなで決めたことだから、という責任転嫁。
多数決という手段を使うと、みんなで決めたことになります。
一見平等で公平に見えますが、大きな責任転嫁でもあります。
誰かのアイデアに対して、批評や批判をするのが好きな人は結構いますが、多数決を取ることでそういった批判や批評を社内で圧し潰してしまうことになります。
アイデアに対して多角的に検証するのではなく、決めたことに対してどう完成させるかが課題となってしまい、やるべきかどうかの判定が曖昧になってくるのです。
例えサービスが失敗に終わったとしても「みんなで決めたことだから誰が悪いってわけじゃない」と風化されてしまいがちです。
あれこれ考えるより作ってみる、というのは僕は賛成ですが、多数決で決めたことは一人一人の責任が分散されてしまい、本気で反省して次に活かそうという緊張感が薄れてしまうと思います。
良いサービスを作るというか、作り上げたことの方が重要になってしまう。
みんなで決めたことを形にするという作業は非常に楽しいものです。
自分たちの意見が反映された、やらされている感のない作業というのはやりがいもあります。完成した時の感慨もひとしおです。
しかしこれが問題で、使ってもらえるサービスを作ろう、と始めたことがいつの間にみんなで作り上げること、リリースすることが目的になってしまうことがあります。
小さな制作会社だと、制作者しかいない場合もあり、作っている当事者だけになるので、いつの間にか客観的な視点で考える人がいなくなってしまうのです。
そうすると、学生の文化祭のようになってしまい、みんなで作ったやり遂げたということだけが残るようになってしまいます。
逆に、やらされている感のある制作の方が、面倒臭さや反感のあまり、仕様の矛盾を付いたり、ユーザビリティーに対しても厳しめの視線で見ることが出来るのではないかと思ったりもするのです。
スポンサーリンク
最終的な決定は最後まで運用する人、責任を持つ人がすべき。
中小企業の社長はトップダウンでワンマンと言われることが多いです。
僕も小さな制作会社に入った時はそう思いました。
アイデアや意見を求めておいて、結局自分の都合の良い方向にまとめて自分のやりたいことをやる。
しかし、やはりアイデアや意見は聞きつつも、最終決定権は最後まで責任を取る人がするべきです。それは小さな制作会社では社長(経営者)です。
誰がアイデアを出そうが会社からリリースするものは、会社の主である社長の作品となります。プレスリリースをみても分かるように、実際に立案したり作った人の名前なんて出てきません。
関わってても関わってなくても会社から出すものは社長のものです。
ですので、多数決ではなく社長でなくとも経営に責任のある人が最終的な決定をすべきだと僕は思います。
スタッフは辞めることもあります。
最後まで熱意を持って携われるのは社長しかいないのではないでしょうか。
多数決自体が悪いことだとは思いませんし、みんなのアイデアや意見を出すことはモノづくりにおいては必要です。
しかし、限られた時間と人数で制作を進める小さな制作会社においては、トップダウンで物事を進めることも必要なのではないかと強く感じました。
スポンサーリンク