友達はいらないけど独りで食べているところを見られたくない症候群。
4月が始まると職場、学校それぞれ新しい生活が始まる。
当然新しい環境での生活が始まると新しい友達や仲間との出会いもある。
この時期になると必ず思い出すのが、友達のいなかった大学生活、同期とどこか距離をおいていた新社会人生活だ。
高校の時は中学校の同級生がいたのでまだ良かったのだが、大学や新卒で入社した職場では親しい友人や同期を作ることが難しかった。
昼休みや通勤通学の生き帰りは独りが気楽だったし、あまり話が合わない人と一緒に行動するのがすごく苦手なので、進んで声をかけたりもしなかったし、話やすそうな雰囲気の人間でもないので当然といえば当然の結果だろう。
そのこと、つまり友達や親しい人が出来ないことに対しては、特に何も感じておらず、前述したようにつるむのがそもそも好きではないので気が楽といえば楽だった。
しかし、昼食の時に独りで食べているのを見られるのがすごく嫌だった。
そこまで独りを好むのであれば、そんなこと気にしないで良いだろう、と思われるかも知れないが、学食や職場で独りで食べているところを知っている人に見られるのがたまらなく恥ずかしいというか居心地の悪さを感じていた。
学食なんかで独りで食べている時に知り合いの何人かが集団で来て「おう」とかなんとか挨拶して、他の席で食べ始めたりすると居心地が悪くて悪くてしょうがなくなってしまう。
周りの知っている人同士がつるんでいたのが羨ましいと感じたわけではない。
もし、そこに誘われていたら軽く面倒臭いな、と思うだろう。
女性でありがちな独りで飲食店に入れない、というのとも少し違う。
とにかく知っている人の集団から自分独りが食べている姿を見られることに羞恥心を感じるのだ。
ただの自意識過剰なのだろう。
しかし、歩いている姿、本屋で立ち読みしている姿を見られたってなんていうことはない。食事をしているという終えるまで逃げ場のない状況下で知人の視線のもとに晒されるということに過敏に自意識が反応するのだ。
特に20代中頃まではその自意識はビンビンに反応していた。
今でこそ、見ている方はこちらが意識しているほど何も思っていないだろう、とは思うのだが、若い時の友達や仲間が一杯いる人が優位的な雰囲気がそうさせたことは否めない。
30代も残り一年の現在でも若い時の自意識君が時々出てくる。
富士そばで独りで蕎麦をすすっている姿を会社のスタッフに見られたらどうしよう、とキョロキョロしながらすごい勢いで蕎麦をすすったりしている。
絶対に自分が独りで食べている姿を知っている人に見られたくないのだ。
こういう感覚って他の人はないのだろうか。