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たかもブログ

溝の口周辺のこと、スマホゲーム開発、Web制作のことなど好きなことを何でも書いています。事実のみです。

個人でアプリを作り続けるために必要なこと

 

現在僕は個人でカジュアルゲームアプリを中心としてスマホアプリを作っています。
2013年くらいからiPhoneAndroid合わせると20本以上リリースしています。


個人事業主ではなく、会社ではWeb制作やWebサービスの企画開発をしています。
個人で開発をしているのは完全に趣味です。
趣味と言いつつ、会社でもアプリを作ることが出来るので、会社の役には立っているわけですが。

 

個人では9割がゲームアプリを作っているのですが、僕自身、正直なところゲームが好き嫌いかでいうと普通です。

ドラクエ世代なので、ファミコンにはかなり夢中になりましたが、プレステもちょっとやった程度で、高校や大学ではゲームセンターに行くくらいで、家でゲームもやらず、大人になってからは、ゲームより酒の方が好きになりました。

ゲームを作った経験などまったくありません。
ゲームアプリを作る理由として、ひとつ明確に言えるのは、ストーリー性のあるものが好きだからということです。学生時代は漫画家になりたくて、持ち込みなんかもしていましたので、その名残っぽい感じです。

例えば、THE我慢といううんちが漏れそうなのを我慢しながらトイレに辿り着くゲームを作ったのですが、ストーリーは、学校で恥ずかしくてトイレに行けなかったのから、下校の時に我慢している、という感じです。

これは、僕が小学校の時には、トイレの個室に入ることは恥ずかしいことで、誰もいない時に隠れて行ったり、最悪我慢するしかないという状態でした。
みんなに見つかると上から覗かれたり、誰が入っているのか出てくるまで待ってて、確認の上あとでからかわれる、みたいな世界でした。

その時の経験からうんこを我慢しながら帰る、というストーリーは何かゲームアプリを作ろうと思った時に真っ先に頭に思い付きました。

 

糞の話に行数を費やしてしまいましたが、個人でアプリを作り続けるのに僕自身が必要だと思っていることを書いてみます。
アプリを作ろうとmacbook airを購入してから、1年くらいは作っておらず、リリースし始めたら快感で、現在に至るまで、結構定期的にリリースしています。

酒なんか飲んでいると、面倒臭くなるのですが、なんとかこの数年間は続けています。

 

身近なユーザーのことのみを考える。

例えば、会社でWebサービスの企画なんかを考えようとした時みたいに、広くユーザー目線とかターゲットのことを考えてしまうと、思い付きが形にならないことが多いです。

ですので、僕の場合は、友人一人がくすっと笑ってくれたりすることを想像して作っています。もう、数日で40歳にもなろうというのに、たったひとりの友人に見せてキャッキャ言ってるようなところで喜んで作っています。

ターゲットだとか収益性だとか、会社でやるようなことを考え出すと、何だか楽しい趣味がそうでなくなってしまいます。

とは言いつつも、アプリランキングなんかは結構気にして見ています。
ただ、ランキングに入るようなアプリを思い付かないので、しょうがないです。

UIの部分でちょっと他人には通じにくいかな、というくらいの気は使います。
あとは自己満足です。

 

下品でも好きな内容を前面に

正直なところ、僕も格好良いカジュアルアプリなんかを作ってちょっと注目されてみたい感じはあります。しかし、そう考えると何も作れません。

世の中の役に立つ、とか大義名分を考え始めると手は動きません。
直感で作りたいアプリ、最後まで作れるアプリをつくる。これ大切です。

僕の作るアプリはトイレものが多いので、下品なアプリとか言われることがあるのですが、好きなアプリ、作ってみたいアプリを作るは大切だと思っています。

何故トイレだとかババアだとか、そんなアプリばかりなのかというと、トイレとかババアとか言ってみたい、という子供のような感覚が一番近いです。

そこからストーリーを広げて作っています。

 

 

妥協してでも最後まで完成させることを優先に

会社でこういうことしませんが、個人ではとにかく最後まで作れるものを作ることにしています。

例えば半年や一年以上もかけて作るような規模のアプリは飽きちゃって作れません。
ちょっと仕様を妥協してでも、とにかく世の中に出す、ことを優先しています。

私の作るアプリは技術的にはかなり低いレベルです。
タップして何かが動く、というレベルの物しか作っていません。
タップして動作して、乱数で予測不能な動きを作り出せば、それなりにゲームになります。技術で勝負が出来なければネタで勝負だ、ということで毎回自分なりにコンセプトは考えているのですが、ゲーム性は毎回同じようなものです。

どんな壮大なプランでも形にならないと意味ないです。
なので、自分で実現出来るものを作ることは僕にとってはかなり大切です。

 

毎回外れるとしても、バズっちゃう?なんて期待してワクワクしながら作る

友人ひとりをターゲットにということを冒頭に書きましたが、少しはバズっちゃうかも、なんてことを想像と期待はしています。

でも毎回その期待はまったくもって現実にはなりません。
今まで一回もないです。

しかし、作る際のモチベ―ションを維持するには、リリース直後の反響だとかそういうものを夢想して期待していくしかありません。
うーん、これどうなんだろうな、と思った時点で作るのがちょっと嫌になります。
特にイラストやボタンなどの作成とか、しち面倒くさい作業をしている時には一気に止めようかな、という気分にすらなってきます。

 

考えてみると何でそんなに作り続けているのかな、と思って書いてみました。
何か作ったり書いたりすることで、何かを創造している自分で自分の中で自分の釣り合いが取れないのかも知れないです。