たかもブログ

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人が動いたからには対価を支払うべきだ!という人々がどうして無料アプリの広告が嫌いなのか。

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以前からネット上では人が動いたら、それ相応の報酬を支払うべきだ、という議論が度々起こっています。時と場合によりますが、僕も人に何かをお願いする時に、親しい関係でもないのに無償で、というのは少々図々しいのではないかな、と思います。

togetter.com

しかし、そういう議論の中で報酬に支払うべきという意見が多いのに、何故アプリやサイトに掲載されている広告はみなさん嫌いなのでしょうか?
好きでも嫌いでもない、という人も多いと思いますが、自分でアプリを作っているとレビューの評価が低い理由として「広告うざい」というのがあります。

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ネット広告はどこか別の場所に連れていかれてしまう。

ネット広告が嫌われる理由、嫌う気持ちは何となく分かります。

  • 誤タップを誘うような位置に配置している。
  • アプリやサイトを利用するのに邪魔な位置に配置している。
  • 遊んでいたり記事を読んでいたのに、意図しないサイトに連れていかれてしまった。

雑誌や看板、テレビでも本来広告は見るだけで、そこに魅かれたら購入などにいたるのが普通です。しかしネットやアプリの広告は広告主の元へ連れていかれてしまう。それがストレスであることは明白です。

やっていたゲームや読んでいたサイトとは全然別の場所に意図せず連れていかれることは邪魔をされた以外何者でもありません。

人が汗水流して働いて報酬をもらうのは良いが、働いているのが見えないところで報酬が発生しているのは認めがたい。

広告というのはそのサイトやアプリを提供している人の収入源です。

サイトに掲載する文章をライターが書いたり、アプリを開発している人がいたり、その人たちの貴重な収入源なのです。
人が動いているから報酬はきちんと支払うべきというのであれば、ネット広告だって認めなければおかしいではないかと思うのです。 

個人開発者でもブロガーでも、広告を貼るための下地となる記事やアプリ自体は時間を割いて頭を使って作っています。広告収益というとすぐに不労所得という言葉を思い浮かべる人もいると思いますが、完全に不労所得というわけではないのです。

人は人が実際に動いたり働いたりして汗水垂らして報酬をもらうことは良しとします。

しかし、何もしないで不労所得のような形で収入源としての広告が設置してあるのは気に食わないのです。インターネット企業が虚業なんて言われるのはその最たる例だと思います。

よくアフィリエイトリンクだと分かると、わざわざそのリンクは踏まないで、商品を検索してネットショッピングで購入するという人がいます。

一度、そういう話を知人としていて、どうしてそうするのかというと、個人が仕掛けた仕掛けに引っかかるのが嫌だ、認めたくないということだそうです。
(個人的には損するわけでもないし良いではないかと思うのですが、、)

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完全に収益にならないのにアプリを作る人ってどのくらいいるんだろう。

はっきり言って、広告収入を見込めない状況で無料アプリを作る人ってどのくらいいるのでしょうか。もちろん良い作品を純粋に作りたいという方もいらっしゃると思うのですが、時間を割いて作るのであれば、それが少しでも収益に繋がれば良いと考えるのは普通だと思います。

ゲームならプレイの邪魔にならないように、などの考慮をしているのはよく見かけますが、完全に広告なしで無料はやらないでしょう。
みんな少なからず収益になるように

最近広告ブロッカーなどのアプリもあり、ネット広告に対してはみなさん厳しい視線を注ぎますが、個人開発者としては一生懸命作ってるんだから、それぐらい大目に見てよ、と思うのです。