たかもブログ

溝の口周辺のこと、スマホゲーム開発、Web制作のことなど好きなことを何でも書いています。事実のみです。

僕の作ったおもらし我慢アプリは変態に受けるのでないかと思う今日。

本日のはてブのホットエントリーで以下のような記事を見つけた。

「おもらし我慢」に興奮 変態タクシー、運転手を逮捕 女性客に利尿薬(1/2ページ) - MSN産経west

 

直感的に私の作ったアプリ「THE我慢シリーズ」を連想した。
わざとトイレに辿り着かず毎回GAMEOVERすればこの性癖は満たされないのだろうか。

もちろん女性が我慢しているというところに興奮を覚えるのだろうとは思うが、排便を我慢させるという意味では少しは満たされるのではないかと思う。

 

この性癖のポイントはおそらく我慢している表情や仕草、最悪漏らしてしまい恥らうところまでがすべて性癖のセットなのだろう。

 

これを自分の作ったTHE我慢に投影してみると、我慢している表情や駆け足の感じは性癖の一部を担うに値していると思うのは、アプリの生みの親の親馬鹿であろうか。

 

排泄を我慢している姿は男女滑稽である。
怪我をして苦痛を感じている表情とは異なり、痛みではなく出口を求めて迫りくる排泄物を我慢するという、この感覚は独立したユニーク(唯一)な感覚である。

 

だから表情も異なる。
恥じらい混じりで憂いを帯びているようにも思う。

 

怪我の痛みは完治によりなくなる。プラスでもマイナスでもなくただゼロになるだけ。排泄の我慢は排泄を達成した時に快感となる。

排尿、排便、嘔吐、射精、出すものはすべて最後は快感となる。

 

だから、THE我慢ではGAMEOVERした時の表情にも気を使ったつもりだ。
笑っているような諦めのような苦痛から開放され恥辱に満ちた泣き笑顔、そんな表情を意識したつもりだ。

 

だから最後にもう一度いう。

冒頭の記事のような性癖の方が、わざとトイレに辿り着かず毎回GAMEOVERすればこの性癖は満たされないのだろうか、と私は思うのだ。